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あきらめない夢は実現する! 二回目の脳出血の後遺症で車椅子の生活になった金さんにはいくつもの夢があった。 その一つは、「車椅子の生活をしていても人並みに露天風呂に入りたい」という夢である。 この夢を妻の和さんに話すと 「手すりの付いているバリアフリーの風呂でも一人では入れないのだからそれは到底無理」 と言うつれない結論だった。 「そうかなあ」と返事をしながら 「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」 の座右の銘を持つ金さんは心の中ではあきらめていなかった。 夢をいつか実現したいという願いを心の奥深く暖めていたのである。 とはいうものの、四肢麻痺で車椅子の生活をしている金さん一人では夢は実現できない。 和さんが言うとおり、「バリアフリーの家」にした自宅の風呂でさえ一人では入れないので、 和さんに手伝ってもらってやっと入れるありさまだったからである。 金さんのインターネットの友人のホームページに「ダンさんとカミさんのふるむ〜ん温泉」がある。 2005年のある日、そこの掲示板(BBS)に金さんの夢を書いた。 それをみた愛知県のスーさんが書き込みをしてくれた。 「金さんの夢を実現する為にお手伝いをしてくれる」という内容だった。嬉しかった。 スーさんとメールをやりとりして計画を少しずつ具体化していった。 夢を実現させる機会が思ったよりも早くやってきたので金さんは興奮していた。 スーさんは親切に金さんがはいれそうな露天風呂を調べてくれた。 奥飛騨の温泉には日帰りで下見に行ってくれたほどである。 残念ながら候補に挙がった奥飛騨の温泉の露天風呂は、坂が急で無理という結論がでて、 次に候補に挙がったのが群馬県の宝川温泉汪泉閣の露天風呂だった。
金さんに夏の疲れが出て、39度の高熱で寝込んだのはそんなときだった。 和さんの献身的な看病と病院で処方された薬で、幸い約一週間で日常生活に戻った。 スーさんに「予定通り9月20日、21日で宝川温泉汪泉閣に行きましょう」とメールで連絡した。 夢が実現したのは、愛知県に住みながら埼玉に住む金さんのためにボランティアとして 協力してくれたスーさんご夫妻のおかげである。この場を借りてお礼を申し上げたい。 スーさん、奥さんありがとうございました! 金さん&和さんとスーさんご夫妻が泊まった部屋は、 汪泉閣の東館の4階にある客室「芭蕉」と「りんどう」の和室である。 東館の5階の客室6室には全室にバスとトイレが付いているが、4階の客室8室には 全室トイレがついているだけでバスは付いていない。 またバリアフリーの部屋ではないので、そのトイレも引き戸でなく開き戸であり 狭くて車椅子では入れない。 仕方がないので四点杖を使って入ったが手すりが付いていないので苦労して利用した。 客室係の人が入浴時の案内と食事の案内をしてくれる。 露天風呂は部屋に用意されているバスタオルを巻いて入っても良いというので 和さんはホッとしたらしい。 ベッドが用意されていなかったので、金さん&和さんの客室に簡易ベッドを一台入れてもらう。 スーさんと打ち合わせの後、長距離ドライブで少し疲れていた金さんはベッドで横になった。 いよいよ露天風呂デビュ− 午後4時過ぎ、打ち合わせ通りスーさんご夫婦に声をかけて露天風呂に向かう。 宝川温泉汪泉閣は天下一の大露天風呂をうたい次の4つの露天風呂がある。
金さんが入ったのは一番近くて上流にある摩訶の湯(まか)だった。 露天風呂には東館から思ったよりも楽に行けた。 東館の4階の客室からエレベーターで3階に下り、本館を通って旧館に通じる廊下を車椅子を 押してもらっていく。 ![]() 外用の下駄に履き替える。 金さんはあがりがまちがあるので車椅子では下りられない。 仕方なく車椅子を下りて左手は和さんに手を引いてもらい、 右手に四点杖を持って あがりがまちから玄関に下りる。 ここは広いのだから木製のスロープを付けてもらえると 車椅子利用者や高齢者には便利なのに残念である。 金さんは、スーさん夫妻が玄関に下ろしてくれた車椅子に乗り移った。 外に出るとつり橋(白鷹橋)である。つり橋を渡って露天風呂へ行く通路に出た。 ![]() 露天風呂は建物より100mほど下流にあるという ここから一番近い露天風呂(摩訶の湯)まで約100mほどのなだらかな下り坂である。 しばらくして右手の宝川の渓流沿いに摩訶の湯が見えてきた。 ![]() そこからは二本の通路に分かれている。 どちらも木立の間を行く気持ちの良いところだ。 願わくは二本の通路があるのだから 一方はスロープにして欲しいと思う。 今後、高齢者や金さんのような車椅子の生活をする人が 増えると思うので、石段が少なくなれば喜ぶ人は多いと思う。 金さんは左手の道を簡易式の電動車椅子で 石段の近くまで進んだ。 いよいよ石段である。 後でスーさんが数えると全部で28段あるらしい。 手すりが右側と一部左側に付いているが、ここを手すりにつかまって下りるのは 金さんにはかなり難しい。
スーさんが 「力を出し切って無理をして下りると後がたいへんだからここからおんぶしましょう」 といってそのために用意したという3段のアルミ製の脚立を出した。 脚立をどう使うのか不思議に思ったが、スーさんがそこに座り、 金さんに後ろから肩に手を回すようにいった。 和さんとスーさんの奥さんに助けられてどうにかスーさんにおんぶした。 「もう少し上につかまってくれると楽なのですが」とスーさんがいうので 右足で脚立の一段目に上り、上にせり上がった。 スーさんは28段あるという石段を途中の踊り場で休憩しないで下まで一気に下りた。 下で和さんが運んだ車椅子に乗り脱衣場の前まで行く。 金さんは浴衣(ゆかた)を脱げばそのまま入れるように和さん特製の湯着を着ていたので、 スーさん夫妻と和さんが脱衣場で旅館の白いバスタオルを巻いて準備する。 ![]() 三、四段の石段に手すりが付いていた。 「これなら自分一人で入れるかもしれない?」 ただ、金さんは右手しか使えないので、 右側に手すりの付いている写真の左側からゆっくり入った。 (出るときには手すりのある右側から出た。) お湯の中での移動には左手を和さんに引いてもらい 右手に四点杖を持った。 四点杖には杖の先にゴムがついている。 そのゴムが湯船の底に敷かれた石に吸盤のように吸い付くので驚いた。 お湯の中で移動しても湯船の底がすべらないのも安心である。 100畳あるという湯船には金さんが腰を下ろせる場所があった。 そこで露天風呂デビュ−の記念写真を撮ってもらった。
「ようやく露天風呂に入れた!」という嬉しさがこみ上げてきた。 お湯を出て脱衣場の前に置いた車椅子に腰を下ろし和さんにバスタオルで拭いてもらった。 そのまま浴衣を着せてもらい、濡れた湯着を脱がせてもらう。 露天風呂からの帰りは石段を上るので大変だった。 ただ、下りるときに脚立を使ってスーさんにおんぶしていたので学習効果が発揮された。 おんぶしてから上にせり上がらなくて良いように、スーさんが3段の脚立に座り、 金さんがあらかじめ脚立の一段目に右足を乗せ左足は和さんに乗せてもらう。 高い位置でおんぶする方がおんぶしやすいというスーさんの希望に応えるためである。 スーさんが金さんをしっかりおんぶして石段を一気に上った。 スーさんの奥さんと和さんが脚立と四点杖を持って後ろから上る。 上りきった所に置かれた脚立に座り、和さんに掴まって待つ間に、スーさん夫婦が 車椅子を持ち上げてくれた。 一息ついてから、電動車椅子のスイッチを入れて旧館の建物に戻った。 約100mあるというなだらかな上り坂は、自走式の車椅子だと自分で漕ぐのも、 介助者に押してもらうのも風呂上がりではかなりきついに違いない。 金さんが利用しているヤマハの軽量型電動車椅子の効用はこういう場所でこそ より発揮されると思う。 部屋に戻ると係の年配の女性が「露天風呂に入れましたか?」と聞いた。 「入れました!」と答えると「良かったですねえ」といい、廊下に出てから 「車椅子のお客さんが露天風呂に入れたそうよ!」と旅館の人と話す声が部屋まで聞こえた。 6時からの夕飯は金さん&和さんの部屋で4人で食べた。 料理は厳選された山の幸が中心で、炭火焼、茸とヒメマスのカルパッチョ、五穀衣の天ぷらなどが 美味しかった。名物だという熊汁は初めて食べた。 古代米のご飯が出たのも珍しい。 スーさんご夫妻と8時頃まで話しが弾んだ。 金さんと同じくスーさんもお婿さんで、そんなことも話題になった。 金さんはその後朝までぐっすり眠ったが、翌朝の話しではスーさんは深夜にもう一度露天風呂に 行ったらしい。 夜にあれほど降っていた雨も夜半に上がり、朝には陽がさしていた。
宝川温泉汪泉閣で
宝川温泉汪泉閣の一泊料金はHPに載っている通り二人で35,000円(一人17,500円)だった。 スーさん夫妻とは宝川温泉で現地集合現地解散だった。 金さん&和さんは往路に関越自動車道で水上I.Cから宝川温泉に来たので、復路は違う道を帰ることにした。 宝川温泉から水上片品線(冬季閉鎖)で尾瀬に通じる401号線に出る途中に奈良俣ダムがあった。 回り道をしてダムに上るとならまた湖が見える。二、三台の自動車が見学に来ていた。 そこの展望台の側にあるバリアフリーの障害者用トイレに寄ってから、水上片品線に戻って、和さんがまだ見たことがないという吹割の滝に寄るために国道120号線を沼田方面に南下した。 吹割の滝から再び国道120号線に戻り金精峠を越え奥日光を経由して東北自動車道で家に帰った。 お天気にも恵まれた思い出に残るドライブ旅行になった。 |
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熟年夫婦の田園生活 | 車椅子の視線から |