『熟年夫婦の田園生活』 『車椅子の視線から』

2005年 嬉しい鳥取の旅

・・・みっちょマンと敬くんの結婚式に出席・・・


人と人との出会いを不思議に思うことがある。みっちょマンと敬くんの出会いもまさにそうです。鳥取県と埼玉県に生まれた二人が知り合ったきっかけは、『車椅子の視線から』という金さんのホームページの掲示板(BBS)だったという。『車椅子の視線から』は金さんが二回目の脳出血で車椅子の生活にならなけれな誕生していなかった。みっちょマンも交通事故で障害者になっていなければ、おそらく『車椅子の視線から』の掲示板に書き込みすることもなかっただろう。敬くんも金さんの甥に生まれていなければ、みっちょマンの書き込みを読む機会が少なかったと思われる。様々な偶然が重なって二人が出会いそして結婚した。それでも、二人を「運命の糸で結ばれていた」という人がいるかも知れない。



                  目次

1 みっちょマンと『車椅子の視線から』のこと
2 みっちょマンと金さん&和さん
3 敬くんとみっちょマン
4 結婚式に招待される


鳥取旅行のてんまつ

 

1 みっちょマンと『車椅子の視線から』のこと

金さんがみっちょマンをはじめて知ったのは、1998年8月6日に金さんの『車椅子の視線から』の掲示板(BBS)にみっちょマンが書き込みをしてくれたからである。
『車椅子の視線から』は1997年に立ち上げていたが、掲示板の設置が遅れ設置したのは1998年になってからだった。まだ、掲示板への書き込みがそれほど多くない時で、みっちょマンの書き込みが、障害のある人からのはじめての書き込みだったので印象が大きかったことを覚えている。

感謝ですね。 投稿者:みっちょマン 投稿日:08月06日(木)17時35分05秒

暑中お見舞い申し上げます。暑うございますね・・・ホント。
初めましてこんにちは!
ここのページの「逆境にどう立ち向かうか」を読み、私も頑張ってみるか!
と、改めて元気が出ました。q(^0^)p
素敵なメッセージでした。何をおいても"感謝"ですね。
支えてくれた家族・友人には、本当に感謝しています。ありがとう 

4年前に人の車に乗っていて、交通事故に遭い私だけが意識不明の重体
になり、なんとか命は助かったものの、障害が残ってしまいました。
脳外科の看護婦として働いていた私は、身体が使えずに働けない事が
とても悔しいのです・・・。

でも今、"前向きにゆっくりと"と心がけ生きています。
(婚期もこの事故で過ぎ、未だ独身です。いつかは結婚もしたいなぁ、とやっと
 最近思い始めました。) 

インターネットも最近始め、右手の3本指でキーボードをたたいています。
「金さん」と知り合えたのも、インターネットのおかげです。
これからも毎日、感謝の心で頑張ってみます。

(くじけそうになったら、またここに来ますね。)




みっちょマンの書き込みに金さんが返事を書いた。

○金さんの返事


そうです 感謝ですね。 投稿者:「金さん」 投稿日:08月07日(金)10時48分12秒  

みっちょマン さん いらしゃい。
大変な事故にあわれましたね!
「看護婦」として働けなくなったこと、心底口惜しかったでしょう。
でも、命が助かったのは本当に良かったです。

意識不明の重体から生還できたのは「生きろ、頑張れ!」という何か「神の意志」の
ようなものを感じますね。 

たとえ障害が残っていても、できることはきっとたくさんあるはずです。
何よりも、あなたはお若い。そして「頑張ってみるか!」という希望をもっておられる。
これからが「みっちょマンさん」の新しい出発です。
前向きに生きていきましょう。 

みんな応援しています。頑張って下さい。 

私のホーム・ページを見て、少しでも何かを感じてくれる人がいることは、
私自身にとっても、とても嬉しく励みになります。
書き込みどうもありがとう。 

掲示板をみて妻がメールをよこしました。 

「みんなに希望や勇気を与えていますね。お父さんは。
 そのお父さんに希望や勇気を与えているのは・・誰でしょう?」



しばらくして二回目の書き込みがあった。

悩み相談です。 投稿者:みっちょマン 投稿日:08月15日(土)00時39分40秒


・・・・・今、悩んでいます。 ?(・。・)?
単刀直入に質問しますので、金さんならどれが良いと思いますか?
教えてください。(参考の一つにしたいので、よろしくお願いします) 

1,現実を見て、現状維持して我慢しながら、
  "いつか良い日が来る"と待って、楽しく暮らしていくように心がける。

2,もう?30代、そろそろ結婚のことだけ考え、見合いでもして、
  両親を安心させてあげる。

3,現状を離れ、理想の夢に向かって一つずつでも、頑張って過ごす。
 (両親は、今に職場を辞めたらその次はない!と反対しています)

4,まず結婚して子供でも生んで育てて(とても大変なことだろうなぁ)
  落ち着いてから、十何年後?からでも、理想に向かって頑張る。

5,チャンスが来る時を、ただひたすら待つ。 

1〜5のうち、私に金さんが親ならば(スミマセン)どれを選択してすすめますか?
(私のお母さんと金さん、同じ年齢だったし、すごくあきらめず前向きな考え方
 をされておられるので、相談してみようと思い来ました。)
 できれば、私の相談にのって下さい。 お願いします。(−−)



金さんがみっちょマンに返事を書いた。金さんだけでなく、掲示板(BBS)にきた トドさん、由美子さんも返事を書いていた。

選ぶのは(選べるのは)自分です 投稿者:「金さん」 投稿日:08月15日(土)17時25分50秒  

みっちょマンさん、ごめんなさい。勘違いしていました。
「交通事故に遭い私だけが意識不明の重体になり、なんとか命は助かったものの、

 障害が残ってしまいました。脳外科の看護婦として働いていた私は、身体が使
 えずに働けない事がとても悔しいのです・・・。」
という最初の書き込みを見て、 てっきり今は仕事を離れているんだと思ったのです。
いまは、看護婦としては働けないけれど別の仕事をしているのでしょうか?
その職場は看護婦としては働いていたところでしょうか?
「障害が残って」とありましたが、歩けるのでしょうか、それとも車椅子を使っている
のでしょうか?

私は課長のときに、職場で部下にこう言ってきました。
「こんな問題があります。どうしたらいいでしょうか?」
と自分の考えを白紙で持ってくる前に自分で先ず考えて解決策を幾つか考えて見ろ。
1,こういう方法がある。それにはこういう問題点
(例えば実施するには時間がかる。・・。・・。)もある。

2,もう一つこういう方法もある。
  その方法にはこういう問題点(例えば予算の範囲内ではできない。・・。・・。)がある。

そうすれば、必ず二つや三つの解決方法が見つかるはずだ。それを持ってくるように。
何故こういう方法をとったかというと、部下に考えさせて、部下を育てたかったからです。
自分で問題点と解決策を見つけなければなりませんから、部下も必死です。
日頃から良く見、考えるようになります。
それに、部下の仕事への参加意識も高めたっかったからですね。
もし自分の案が採用されたときには「この計画は自分が考えたんだ。」
という意識を部下が持てるようになります。

今の日本の(世界といった方がいいかもしれません。)経済状況は非常に厳しいです。
新内閣も「経済再生内閣」を看板に掲げているほどです。
こういう厳しい情勢の時には、会社の倒産もあり、当然失業者も増えてきます。
失業すれば食べることもむずかしくなります。
私はこういうときに、自分のような重い身体障害者が働いていられることを幸せに思っています。
そして、自分が貢献出来ることを少しずつ拡げて行こうと思っています。
また、「とき=時」というのを良く考えて行動して行こうと思っています。
今は、自分から動くには大きいリスクも覚悟しなければならない非常に難しい時期だと思うからです。

自分のことは自分が一番良く知っています。
だから、「自分の人生なんだから、自分で決めろ!」という言葉が生きてくるのだと思います。

とどさんが
「自分の人生なんだから、自分で決めろと。残酷な言い方かもしれませんが、
 人に言われて後悔するより、自分で決めて後悔したほうが救われるのではないかと
 私は思います。」

という、適切なアドバイスを書いてくれました。私もそう思います。
いろんな面から考えてみて、最後は自分で決めれば、例え選択を誤ったとしても(勿論誤らない方がいい)納得できます。

自分の健康状態、職場での位置、家庭の状況、日本の経済状況、いろいろ考えなければならない
ファクターがありますが、そのうち、最も大切な自分のことを一番良く知っているのは間違いなく自分です。
それらを良く考えた上で選択していきましょう。

悩みは人間の特権だと私は思います。人間は誰でも悩むのです。
みっちょマンさんの将来に声援をおくります。頑張りましょう。



みっちょマンのお礼の書き込みがあった

 
ありがとうございました。 投稿者:みっちょマン 投稿日:08月16日(日)16時30分47秒

皆さんこんにちは(^。^)

金さん、トドさん、由美子さん、ありがとうございました。
この掲示板を昨夜何度となく繰り返し読み、一晩ゆっくり考えてました。
まず、私の悩み相談に、こんなに真剣に考え、アドバイスを下さって、
とても嬉しく思い感謝しています。
「自分の人生の生きる道を、選べるのは自分・自分で決める」
本当その通りですね。今まで周囲の何かに流され、その事を忘れてました。
だから、思いっきり悩み自分だけの人生を、ゆっくりと焦らずに決めていこう!

 "人生に無駄はない!"これは入院中に感じた事の一つです。

人より何倍・何十倍かかっても、自分で決めたこと「しまった」と思っても、
後悔はしませんよね?!
(今でも、人よりも何倍もの時間が必要なのが、私には普通なんですよ。)
このアドバイスを頭に置いて、色々考えていきます。悩みはつきませんね・・・
この金さんの掲示板に相談して、良かったです。
仲間にして下さって、ありがたいです。構音障害があり、喋りにくい私は誰にも
話せず、悩んでいました。ズンと重い心がフッと軽くなりました。

長くなりました。スミマセン!読んで下さってありがとうございました。
また、おじゃまします。

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2 みっちょマンと金さん&和さん

金さんは『車椅子の視線から』の掲示板で知り合ったみっちょマンが日増しに元気になっていくのが嬉しかった。そして、翌年の1999年10月17日に川口市の"好日庵"で開かれたオフ会で、とうとうみっちょマンと金さん&和さんが感激の出会いをした。
    

    ※ 写真 左 好日庵でのオフ会 前列左から和さん、金さん、木村弓さん
             2列目の左から二人目みっちょマン (1999年)

       写真 右 金さん&和さん宅で 和さん、金さん、みっちょマン (2000年)

その後みっちょマンは1999年『金さんのホームページ学院 』の学院生になっていたので、みっちょマンと金さんはメールでいろいろ情報交換していた。

2000年には好日庵さん夫妻のお世話で「国際福祉機器展」を見に来たみっちょマンが、金さん&和さんの自宅にやってきた。益々元気になっているのをみて、金さん&和さんは嬉しかった。

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3 敬くんとみっちょマン

2003年の11月になると金さんの甥の敬くんとみっちょマンが結婚を前提にして交際していることが二人からのメールでわかった。「秩父の甥たちはいったいどうなっているのだろう」と日頃甥の結婚のことを気にしていたので金さんと和さんは驚いたが嬉しかった。
どうやら二人のなれそめは『車椅子の視線から』の掲示板(BBS)で、敬くんがみっちょマンにメールを出し、みっちょマンが「敬くんは金さんの甥御さんですか?」と金さんに確かめて以来のようである。

昨年敬くんから金さんへきたメールには、プロポーズをしたときに「幸せになれるように時間はかかるかもしれないけどちゃんといいお付き合いをしてみんなに認めてもらおうと2人で話しました」と書いてあった。
また、「結婚て人生で大事なことじゃないですか。ボランティアで結婚するつもりはありません。自分と彼女の幸せのために前向きに付き合っていこうと思っています。」とも書いてあったので、二人が真剣に時間をかけてでもみんなから祝福される結婚を考えていることを知り嬉しかった。
敬くんとならみっちょマンも必ずや幸せな結婚が出来ると金さんは確信している。

その後二人が双方の家を訪ねて両親と顔合わせをした。
2005年年の2月には、京都の旅館に敬くんとみっちょマンそして二人のご両親、みっちょマンの弟家族の9人が泊まって顔合わせをしすっかりうち解けたようだ。

いよいよ二人の結婚がきまり、みっちょマンからメールがきた。

>2月下旬はまだまだ寒くて、寒いのは苦手な私の身体を配慮して頂き
>結婚式は5月に予定しました。
>5月なら暖かく外出しても気持ちの良い時期です。
>金さん、頑張って飛行機に乗って鳥取に来ていただけませんか?
>どうかよろしくお願いします!
>*日時:平成17年5月21日(土)10:00〜
>*場所:聖テレジア教会

>とりあえず、2泊3日で予定を考えてみました。(予定を添付しました。)
>“金さんにも不便がないように”という事を念頭に考えてますが
>(車椅子でも大丈夫か?疲れるような行程ではないか?・・・・・等)
>細かい事はこれから下見に行ったりして決めていくので
>まだまだ変わる事はあると思うのですが。

>聖テレジア教会を選んだのは、私が一年間(年長の時)通った幼稚園と
>同じ敷地内にある教会です。
>教会の神父さんが私の幼稚園時代は園長をされていました。
>その神父さんも79歳。まだまだ元気なおじいちゃんです。
>この幼稚園も今年で50周年を迎えました。
>神父さん(ベルギー出身)も日本に来て幼稚園を作って・・・・・
>(そんなわけで、この教会で結婚式が出来たら良いなぁと
>実は昔からの夢でもありました。)


二人がごく内輪で挙げる結婚式に金さん&和さんを招待してくれる。
これは車椅子の生活をしていても行かないわけにはいかない。
金さん&和さんは喜んで出席することにした。

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4 結婚式に招待される


平成17年5月21日(土)10:00から倉吉市の聖テレジア教会で二人の結婚式が挙行された。
「互いの家族だけでの結婚式という形にしよう」という事に二人で相談して決めたという。
バージンロードをゆっくり歩くお父さんとみっちょマンの胸にはどんな感慨が浮かんだのだろう。
みっちょマンのお母さんも感慨深いようであった。
敬くんの両親も嬉しそうである。


敬くん、みっちょマンおめでとう!
結婚式に招待してくれてありがとう! 金さん&和さんは二人を応援しています。

※ 聖テレジア教会:みっちょマンからのメール再掲
>聖テレジア教会を選んだのは、私が一年間(年長の時)通った幼稚園と
>同じ敷地内にある教会です。
>教会の神父さんが私の幼稚園時代は園長をされていました。
>その神父さんも79歳。まだまだ元気なおじいちゃんです。
>この幼稚園も今年で50周年を迎えました。

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